2007年02月07日

●オンディーヌはなぜメリザンドなのか(EJ第1289号)

 水に関わる青柳いづみこの音楽論――もう少し続きます。青柳
によると、『夜のガスパール』には日ごろ愛聴している次のピア
ニストの名演があるそうです。
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    1.マルタ・アルゲリッチ
    2.イーヴォ・ボゴレリッチ
    3.アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ
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 私はこのうちミケランジェリ以外はCDを持っており、聴いて
います。そして、青柳いづみこの弾いている『夜のガスパール』
のオンディーヌも、もちろん聴いています。
 アルゲリッチは感情のこもった情熱的なピアノを弾く人です。
しかし、ラヴェルはきわめてクールであり、ちょっと考えると合
わないのではないかと思ってしまいますが、これが大変な名演な
のです。青柳は次のようにいっています。少し専門用語がまじり
ますが、イメージはわかると思います。
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  アルゲリッチは、ときおり拍がずれたり、トレモロの音が抜
 けたりするところがあるが、左手のベルカント奏法がすばらし
 く、ときおりみせるアルペジオのゆらぎが何ともいえない。し
 なだれかかるようなルバート、かと思うと無慈悲に鋭くはねて
 みせるグリッサンドの尻尾。全体をつつむ煽情的・蠱惑的なひ
 びきは、あたかも彼女自身がオンディーヌであるかのようだっ
 た。   ――青柳いづみこ著、『水と音楽』、みすず書房刊
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 確かにアルゲリッチの演奏は、女性ならではというところがあ
ります。本当にアルゲリッチがオンディーヌであるかのような感
じがするのです。青柳が留学したときに国立音楽院の教授に「も
っと濃艶に歌って弾くように」といわれましたが、その「濃艶に
歌う」演奏がアルゲリッチに見られるのです。
 これと対照的なのは、イーヴォ・ボゴレリッチの演奏です。ポ
コレリッチの演奏についての青柳の評価は次の通りです。
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  ボゴレリッチの演奏は、アルゲリッチに比べると、ずっと閉
 鎖的で耽美的な印象がある。かなり遅いテンポ。ミケランジェ
 リに劣らず、完璧な指の分離を誇る彼のトレモロはひとつひと
 つの音の粒がしっとりと露をふくみ、果肉の奥に核がすけてみ
 える葡萄の実のようだ。水そのものが言葉をもち、ささやきか
 ける。メロディもよくのびる音でたっぷりと歌われるが、それ
 は聴き手に呼びかける歌ではない。彼の内部で完結している歌
 だ。   ――青柳いづみこ著、『水と音楽』、みすず書房刊
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 アルゲリッチのように弾くには、できるだけ指先をのばして天
井を高く取り、手のひらの内側だけを緊張させた手を鍵盤の半分
まで沈め、力を完全に抜いて、ひじと手首を微妙にふるわせ、鍵
盤が反発しようとする力を利用しながら、その動きにさからわず
に弾かなければならない――しかし、青柳は手が硬く、とうてい
できない芸当であるというのです。そこで、青柳はボゴレリッチ
・スタイルをアレンジしようとしたと述懐しています。
 それに、青柳が指導を受けた国立音楽院の教授は、アルゲリッ
チ・スタイルのピアニズムで、トレモロの霧の上にくっきりと、
計算して甘く歌い上げるロマンチックな演奏をするのです。しか
し、青柳はこの曲の解釈として、あまりロマンチックなアプロー
チは、水に合わないと感じたのです。そのため「もっと濃艶に歌
って弾くように」という先生の指示に反発したのです。
 つまり、反発の理由は、水というものの解釈の違いにあるので
す。青柳は次のようにいっています。
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  水は本来抽象的なものである。水はどんな形でもとることが
 できるが、そのどれでもない。それは、ピアノの音についても
 いえる。ピアノは、イマジネーション次第でオーケストラのい
 かなる楽器にも擬せられるが、実は何でもない。
  水はピアノに似ているのである。その証拠に、水をテーマと
 した歌曲の水の描写の部分は、いつも伴奏のピアノが受け持つ
 ではないか。
      ――青柳いづみこ著、『水と音楽』、みすず書房刊
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 青柳が弾きたかったのは、水そのものだったのです。水は鏡の
ように静かなときもあるが、突然何メートルもある渦を巻き、人
に襲いかかる。また、心地よいさざ波のときもあれば、どんより
としたよどみ水になったりしてさまざまに形を変える――しかし
水の本質そのものは変わらないのです。ただひたすらに水であり
続けるのです。そして、青柳は、ラヴェルの音楽には、そういう
水の何気ない恐ろしさというようなものが潜んでおり、それを表
現する必要があるといっているのです。国立音楽院の教授に対す
る「オンディーヌはメリザンドである」という反論の根拠は、こ
ういうものではなかったのかと考えられるのです。
 青柳いづみこの弾く『夜のガスパール』の「オンディーヌ」は
ボゴレリッチのようにやや遅いテンポをとり、けだるくまとわり
つく女性を象徴するような演奏になっています。それが水そのも
のを表現できているのかどうかはわかりませんが、明らかに、単
に美しいだけで終わってしまう演奏家の解釈とは一線を画す、青
柳いずみこ独特のオンディーヌ論を展開しているようです。
 なお、アルゲリッチとボゴレリッチには、面白い話があるので
す。アルゲリッチは、1980年にショパン国際コンクールの審
査員をしていたのですが、ボゴレリッチがコンクールに落選した
とき、これに抗議して審査員をやめています。それほど、アルゲ
リッチはボゴレリッチを高く評価していたのです。演奏スタイル
はまったく違うのですが、「天才は天才を知る」でボゴレリッチ
の才能を強く感じていたのだと思います。
                −− [青柳いづみこ/05]

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posted by ここから at 05:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 青柳いづみこ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする