2007年02月08日

●ショパンとリストのピアノの実力(EJ第1290号)

 青柳いづみこがフランスの若手ピアニストにインタビューした
ときの話です。そのピアニストがいうのは、ショパンよりはリス
ト、ドビュッシーよりはラヴェルの演奏の方に容易さを感ずると
いうのです。音楽的にはショパンやドビュッシーにも同じように
共感をおぼえるのだが、どうしてもリストやラヴェルほどは手に
なじまないというのです。
 これはもしかしたら、ショパンよりはリスト、ドビュッシーよ
りはラヴェルの方が実際にピアノを弾くのが巧みであったのでは
ないか――一応このように推測できるのです。
 ピアニストにとって、ピアノを弾くのが上手な作曲家のピアノ
曲と、それとは逆にピアノを弾くのがあまり上手ではない作曲家
のピアノ曲のどちらが弾きやすいかということについて、青柳は
次のように述べています。
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  楽器を弾くのが巧みな作曲家とあまり巧みではない作曲家の
 作品ではどちらが弾きやすいかというと、意外にも前者のほう
 が弾きやすいものである。楽器が巧みな作曲家の作品は、弾き
 やすいように工夫がしてある。
  たとえばリストのピアノ曲でも、超絶技巧は駆使しているも
 のの、どこかでオクターブを単音にしたり、アルペジオの音を
 減らしたり、筋肉が疲れすぎないような配慮が感じられる。対
 して楽器があまりよく弾けない作曲家は、技巧の限界がわから
 ないため、ときに演奏至難な作品を書いてしまったりする。
      ――青柳いづみこ著、『水と音楽』、みすず書房刊
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 ショパンとリスト、ドビュッシーとラヴェル――彼らのピアノ
の実力はどの程度のものだったのでしょうか。
 ピアニストにとって、手がどのようなかたちをしているか――
これは大きな問題です。リストがどのような手をしていたかは、
石膏模型で見ることができるそうです。手はかなり大きく、先端
が角ばって関節も太く、親指と薬指がとても長い。とりわけ指の
根元の関節と手首のバネが強靭で、筋力にも恵まれていたといわ
れます。そのため、きらめく音、強大なフォルテを出すことがで
きたのです。
 しかし、そういう身体的能力に恵まれていたとはいえ、リスト
のヴィルトゥオジテ(技巧性)は努力の賜物なのです。20歳の
ときにはじめてパガニーニの演奏を聴いて感動し、「ピアノのパ
ガニーニ」を目指して努力に努力を重ねたのです。ですから、ピ
アニストがどこが難しいか――とてもよくわかっていたのです。
 そういう意味では、ショパンの手は「兎を呑み込もうとしてい
る蛇の口」といわれるように、並外れた柔軟性に恵まれていたと
いわれます。これは天性のものです。しかし、手は華奢であり、
筋力もリストに比べて劣っていたのです。それに、ショパンの中
指と薬指は癒着しており、この2指に悩んでいたいわれます。
 そのためか、ショパンは18年のパリ生活で19回しか演奏会
を開かず、そのうちショパンだけが独奏者となったのはわずかに
4回であったというのです。当時の記録によると、ショパンのピ
アノタッチは弱く、大きな会場ではあまりよく聞こえないことが
多かったといいます。
 ピアノを演奏するリストの姿を描いている絵を見ると、手首の
位置を高くとり、腕全体を伸ばすように弾いているのに対して、
ショパンはひじを窮屈そうに曲げ、脇にぴったりつけて弾いてい
るのです。これは、明らかにクラヴサンを弾くときの演奏スタイ
ルなのですが、リストは現代のピアノに近い弾き方をしていると
思います。ちなみに、ショパンは1810年生まれで、リストは
1歳年下なのです。
 なお、クラヴサン(フランス)、チェンバロ(ドイツ)、ハー
プシコード(イギリス)は、すべて同じ楽器であり、昔のピアノ
――フォルテピアノの前身の楽器です。同じ楽器でも国によって
呼び方が違うのです。以上のように考えると、演奏家としては、
リストはショパンを上回っていたといってよいと思います。
 しかし、手指の条件がリストよりも劣っていたショパンは、ピ
アノ教育では後世に大変な貢献をしているのです。ショパンが活
躍するまでのピアノの指導は、5本の指に均等なタッチを求める
メトードが主流であり、すべての指が平面上に並ぶハ長調から練
習をはじめていたのです。
 しかし、ショパンは、それぞれの指の個性を尊重して、長い指
は黒鍵に、両端の短い指は白鍵に無理なく落ちる音型による練習
システムを考案したのです。したがって、音階についてもハ長調
は避け、黒鍵の多い嬰ハ長調やヘ長調、変ロ長調から練習をはじ
め、練習が進むにつれて、徐々にシャープやフラットを外すとい
うそれまでとは逆の指導法を取り入れています。
 ショパンの作品に黒鍵を使った調性が多いのは、こうした彼の
ピアにズムにフィットするためなのです。ショパンには、遺作を
含めて27曲の練習曲がありますが、そのうちシャープかフラッ
トが4つ以上の作品は15曲にも及び、明らかに意識して作られ
ていることを示しています。
 それならば、ドビュッシーとラヴェルのピアノ演奏の技術はど
うだったのでしょうか。
 結論からいうと、どちらもピアノの演奏家としては、必ずしも
傑出していなかったということがいえるのです。ドビュッシーと
ラヴェルは、ともにパリ音楽院のピアノ科の上級クラスに在籍は
していたのですが、職業演奏家の登竜門である1等賞を得て卒業
していないのです。
 ドビュッシーはショパンと同じように「ビロードのようなタッ
チ」といわれたのですが、実際はかなり不器用であったといわれ
ているのです。また、ラヴェルはヴィルトゥオジテを目指してい
たのですが、ことピアノの演奏技術にかけては、ドビュッシーに
も及ばないレベルであったといわれます。ドビュッシーとラヴェ
ル論については明日のEJでも続けます。
                −− [青柳いづみこ/06]

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posted by ここから at 04:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 青柳いづみこ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする