2007年02月05日

●水の精は音楽にフィットする(EJ第1287号)

 オンディーヌが水の精「ウンディーネ」であることについては
昨日のEJで説明しましたが、一方の「メリザンド」とは一体何
者なのでしようか。
 メリザンドとは、もちろん、メーテルリンクの原作戯曲『ペレ
アスとメリザンド』のメリザンドのことです。この戯曲は、18
93年5月17日に、リュニェ・ポーの演出によって初演されて
いるのですが、この初演をドビュッシーは観ているのです。その
後、この戯曲の原作戯曲を手に入れて一読したドビュッシーは感
動し、音楽をつけることを決意するのです。
 ドビュッシーと原作者のメーテルリンクは、同じ1862年生
まれであるので、ドビュッシーは人を介してメーテルリンクと交
渉し、すぐ音楽化の許可をもらっています。音楽は1895年の
夏には歌劇『ペレアスとメリザンド』として完成し、その秋にメ
ーテルリンクから上演の許可をもらったのですが、つまらぬこと
でゴタゴタし、結局約7年後の1902年4月30日に、オペラ
・コミック座で上演されたのです。
 この『ペレアスとメリザンド』という歌劇に登場するメリザン
ドは、アルモンド国の王子ゴローが深い森の中の泉のところで見
つけた正体不明の女性なのです。王子ゴローはあまりの美しさに
心を奪われてメリザンドを城に連れて帰ります。そのときゴロー
は最初の妻を亡くし、独身だったのです。
 メリザンドは自分の素性については一切明かさなかったのです
が、結局ゴローはメリザンドと再婚するのです。しかし、メリザ
ンドは、あまりゴローが好きでなかったらしく、ゴローからもら
った結婚の指輪を泉のそばで放り投げて遊び、泉に落としてしま
うなど不可解な行動をとります。
 それどころか、メリザンドは、ゴローの弟であるペレアスに心
を惹かれ、愛し合うようになるのです。やがて、そのことを知っ
たゴローは怒り狂い、ペレアスを刺し殺し、メリザンドも死んで
しまう――話はこういう悲劇で終わるのです。
 それでは、メリザンドはなぜ水の精といわれるのでしょうか。
 これには諸説があるのです。王子や騎士が獣を追って深い森の
中を行くと、泉のほとりで若い女に出会うという話は、中世の人
魚の伝説「メリュジーヌ」に酷似しています。しかも、メリザン
ドと名前までよく似ています。
 メーテルリンクが作劇の構想をメモした手帳が残っているそう
ですが、その内容を分析した研究者によると、『ペレアスとメリ
ザンド』のヒロインの名前は次のように変遷しているのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   クレール → ジュヌヴィエーヴ → メリザンド
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 「クレール」は「光」を意味しており、「ジュヌヴィエーヴ」
は、ベルギーではよく知られている中世の伝説『ブラバンのジュ
ヌヴィエーヴ』のヒロインの名前なのです。しかし、このジュヌ
ヴィエーヴは信仰の篤い聖女のような女性であり、弟と不倫を働
くような女性のイメージには合わない――そういうわけで、メー
テルリンクは、妖精のようなあやうい魅力を持つ人魚「メリュジ
ーヌ」にちなんで、メリザンドと名づけたのではないかと考えら
れるのです。
 ちなみに、ドビュッシーの歌劇『ペレアスとメリザンド』には
ペレアスとゴローの母として、ジュヌヴィエーヴというという名
のアルトが登場しますが、メーテルリンクは最初のうち、メリザ
ンド役にジュヌヴィエーヴの名前を考えていたのです。
 青柳いづみこは、『水の音楽』の副題に「オンディーヌとメリ
ザンド」と付けただけあって、これらの妖精――水の精について
非常によく調べています。ドビュッシーの研究家である青柳とし
ては、避けては通れない問題であるといえます。
 確かに妖精はよく音楽のテーマになることが多く、とくにオペ
ラでは、歌劇『ペレアスとメリザンド』のように、タイトルロー
ルとして取り上げられているものも多いのです。
 一般的に妖精は、人間の赤ちゃんの笑顔から生まれてきたとい
われており、無邪気で可愛いというイメージがあります。しかし
そういう妖精は少数派であって、大半は恐ろしい悪魔の化身なの
です。例えば、ムソルグスキーの組曲、『展覧会の絵』に登場す
る「バーバ・ヤガー」は、森の中で道に迷って困っている人間を
喰ってしまうロシアの残酷な妖精なのです。
 また、一見可愛らしく見える妖精――とくに水の精のように美
しい女性の姿をしている妖精も、人間社会の常識を知らず、善悪
の判断を持たず、自らの意識のおもむくままに天衣無縫の行動す
る――それがときとして人間に役立つことがある反面、次の瞬間
にはとんでもないいたずらをやってのけたりするのです。それが
妖精であり、根本的に人間とは違うのです。
 水の精は水に準じた特徴を持っています。流れるような長い髪
を持ち、着物からはしずくがぽたぽた垂れています。その性格も
水のように気まぐれでかわいらしかったり、突然癇癪を起こした
り、煽情的だったり、いたずらっぽかったり、あるいはイジワル
で冷酷無比だったりする――これが、音楽のさまざまな律動に自
然に乗るのです。そして、水の精は波のようにしなやかに踊った
り、この世ならぬ声で歌ったりする――音楽によくフィットする
ので、作曲家が進んで取り上げたくなる対象なのです。
 青柳いづみこは、水の精の中には意図的に人間たちを誘惑し、
自分たちの世界に同化させようとする人間くさい目的意識を持つ
ものが多いと指摘し、それらの水の精が人間を誘惑するタイプに
は、次の4つの原型があると述べています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   1.網をはり待つタイプ ・・・ メリザンド
   2.引きずり込むタイプ ・・・ セイレーン
   3.出かけて行くタイプ ・・・ オンディーヌ
   4.何もやらないタイプ ・・・ メドゥ−サ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
                −− [青柳いづみこ/03]

100周年記念公演/オペラ・コミック座.jpg
posted by ここから at 05:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 青柳いづみこ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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