2007年02月23日

●『天国のトスカニーニ』事件(EJ第1472号)

 カルロス・クライバーについて書き出してから今日で7回目に
なります。クラシック音楽に関心のない人にとってはつまらない
と感じるかも知れませんが、話題の指揮者の話ですから時事問題
として知っておいても損はないと思います。
 12日までの9回続ける予定ですが、きちんと読んでいただく
と、クライバーについて生半可のクラシックファンよりもずっと
詳しい知識を持つことができるようになります。
 最近のEJは「作品型情報」を目指しておりまして、ひとつの
テーマが終わると、そのすべてをプリントしておくと、価値ある
情報になると思います。また、音楽好きの人に対して転送してあ
げたら、きっと喜ばれると思います。
 セルジュ・チェリビダッケという指揮者をご存知でしょうか。
 この人は20世紀最後の巨匠といわれた指揮者で、終戦後のベ
ルリンフィルを再建し、首席指揮者として400回以上の演奏会
を開催して、戦犯容疑で演奏活動を禁止されていたフルトヴェン
グラーの名誉回復に尽力した人です。
 ベルリン・フィルというと、すぐカラヤンが頭に浮かびますが
基礎を築いたのはフルトヴェングラーであり、戦後のドイツの混
乱期に楽団を再建させたのは、このチェリビダッケなのです。
 カラヤンは、あのヒンデミット事件で演奏活動を停止されたフ
ルトヴェングラーに代わって、登場したナチス寄りの指揮者――
そういってよいと思います。このカラヤン――終戦後はチェリビ
ダッケが400回指揮をする間にたったの4回しかベルリン・フ
ィル指揮をしていないのです。当然、チェリビダッケはカラヤン
のことをボロクソにいうことになります。
 ところがカルロス・クライバーは何度もいうようにカラヤンを
尊敬しており、チェリビダッケがあまりにもカラヤンの悪口をい
うのでアタマにきて、新聞に「天国のトスカニーニ」というペン
ネームで投稿したのです。しかも、それが明らかにクライバーで
あることがわかるように書いたのです。ドイツではこれが結構話
題になったのです。
 こんな話があります。
 クライバーはとても日本が好きだったのです。その理由はいろ
いろありますが、広渡勲氏という友人がいたことが大きいと思う
のです。1992年に1994年に予定されていた楽劇『ばらの
騎士』日本公演の打ち合わせを兼ねて、クライバーはお忍びで来
日しています。
 このとき広渡氏は、クライバーを九州に連れて行っています。
鹿児島、熊本、阿蘇――とくにクライバーは鹿児島や桜島が気に
入ったそうです。イタリアのポジタノやナポリによく似ていると
いっていたそうです。そして、真顔でこのあたりの土地はいくら
かと聞いていたといいます。日本に住みたいと本気で考えていた
ようです。
 そういうわけで、ウィーン国立歌劇場の来日公演の話もとんと
ん拍子に進んで、何もかもがうまくいくと広渡氏は確信したそう
です。ところが、です。広渡氏がご機嫌のクライバーを成田まで
送って行ったとき予想もできないトラブルが発生したのです。
 空港で彼に代わって広渡氏がチェックインを行っている間、ク
ライバーをルフトハンザ航空のVIPアテンド係りの人に特別室
に案内してもらったのです。ところがその係りの人が広渡氏のと
ころに慌ててやってきて、クライバーが部屋に入るやいきなり飛
び出してきてロビーの方に行ったというのです。
 広渡氏がロビーに行くと、クライバーがこわい顔をしてロビー
の中央に立っているのです。どうしたのかと聞くと、「部屋には
チェビリダッケがいるんだ。彼と一緒にミュンヘンまで帰りたく
ない」というのです。あの「天国のトスカニーニ」の件があり、
チェリビダッケがきっと怒っていると考えたのでしょう。
 ちょうどそのとき、ミュンヘン・フィルが来日中で、チェリビ
ダッケは指揮者としてきていたのです。広渡氏はクライバーの座
席を調べてみたのです。そうすると、クライバーの席はファース
トクラスの最前列であり、隣の席が空いている。チェリビダッケ
の席は反対側通路の前から6番目ということがわかったのです。
 そこで、広渡氏はこういって彼の決断を迫ったそうです。「マ
エストロ、あなたがトイレさえ我慢されれば、チェリビダッケと
目を合わせることはありません。それとも30分後のフランクフ
ルト乗り換え便に変更するか。どっちにしますか」と。
 そうしたらクライバーは、「またヒロは無理なことをいう・・
・」とはいったのですが、苦笑いをしながら「トイレを我慢する
よ」といって飛行機に乗り込んだそうです。このように、クライ
バーは子供のような人なのです。
 これには後日譚があります。翌日の夕方、広渡氏がクライバー
に電話をすると、彼は大変上機嫌で次のようにいったのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  ヒロ、心配しなくていいよ。実は飛行機に乗るとチェリビダ
 ッケが隣の空いた席に移動してきたんだ。最初はショックだっ
 たけど、チェリビダッケがあんなにいい人だと思わなかった。
 彼は私に親切で、私は彼をまったく誤解していたようだ。帰り
 の旅はとても楽しかったよ。   ――カルロス・クライバー
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 結局、チェリビダッケは飛行機がミュンヘンに到着するまで、
ずっとクライバーの隣の席にいていろいろな音楽談義に花が咲い
たそうです。それに同機にはミュンヘン・フィルのメンバーが乗
っていて、彼らが入れ替わり、立ち代りクライバーの席にやって
きて、機内はさながら写真撮影大会になったというのです。
 そのとき、最後にチェリビダッケはクライバーに「今度ミュン
ヘン・フィルを振りにきてください」といったそうです。そのと
き、クライバーは「OK」とはいったのですが、結局その機会は
なかったのです。
 こういう逸話はたわいもないものですが、クライバーがどうい
う人かを知る貴重な情報になると思います。
                 −− [クライバー/07]

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posted by ここから at 04:45| Comment(0) | TrackBack(0) | クライバー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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