2007年03月12日

●ホームソングとして歌われた軍歌(EJ第833号)

 かつての日本の歌には、学校で歌う「唱歌」と子供向けの「童
謡」、加えて戦前前後を通してNHKがその普及に努めた「国民
歌謡」と「ラジオ歌謡」、そして戦時歌謡としての「軍歌」と学
校の「校歌」や「応援歌」、そして大衆歌としての「流行歌」が
あります。
 そういう歌の分類はあるにせよ、当時の歌は家族の共有財産の
ようなものであったことは確かなのです。どの歌も家族全員で歌
えたからです。そういう意味で当時は軍歌も含めて一種のホーム
ソングになっていたということができます。
 現在のように、息子や娘だけが知っていて、親にはさっぱりわ
からないロックやニューミュージックの類いはなかったのです。
逆にそれだけ歌う歌が少なかったといえます。そのため、唱歌も
国民歌謡も軍歌も、あらゆる年齢層の人が、ホームソングとして
歌ったのです。
 ちなみに「戦時歌謡」と「軍歌」は分けて考えるべきかも知れ
ません。というのは、日本が戦争に突入する前後のいわゆる「軍
歌」は、軍部から作ることと歌うことへのかなりの強制があった
国策としての歌とそうでない歌があり、後者の強制のなかった歌
は「軍歌」ではなく「戦時歌謡」と呼ぶべきであるからです。
 とくに古関裕而の「露営の歌」(勝って来るぞと勇ましく)は
大衆の心から生まれた歌であり、軍の命令や強制は一切なかった
からです。したがって、これは「戦時歌謡」というべきです。
 古関は、音楽の形式としては、軍楽隊が演奏するのに相応しい
マーチ形式をとりながら、その内容は死出の旅に向かう人々の鎮
魂歌として作曲しているのです。軍部は当時歌詞にはうるさかっ
たものの、音楽に関してはあまり注文をつけなかったそうです。
 もうひとつ「軍歌」のジャンルに入っているものの、音楽も歌
詞も死出の旅の鎮魂歌といえる歌に「戦友」があります。これは
真下飛泉の長い歌詞に三善和気が作曲した名曲中の名曲であり、
「露営の歌」と並んで戦時歌謡の名曲といえます。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   ここはお国を何百里 離れて遠き満州の
   赤い夕日に照らされて 友は野末の石の下
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この歌はよく歌われる部分だけでも14番まであり、これは歌
というより、一編の物語といえると思います。当時は娯楽といえ
ば、映画かラジオで歌われる歌しかなく、歌にドラマ性を持たせ
る試みが行われていたといえます。
 この歌を使っての物語性というか、映像化を意識したと思われ
る歌に「空の勇士」というのがあります。これは、林秀彦氏が、
あのフランク・シナトラに歌わせたかっといっているほど、好き
な歌であると告白しています。「空の勇士」の作詞は大槻一郎、
蔵野今春の作曲です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   恩賜の煙草戴いて 明日は死ぬると決めた夜は
   曠野(こうや)の風もなまぐさく ぐっと睨んだ敵空に
   星が瞬く 二つ三つ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この歌はこういうように始まるのです。まるでドラマのプロロ
ーグそのものといえます。歌詞の「明日は死ぬると決めた夜は」
の部分は軍部からクレームがついて実際に歌われたのは「明日は
死ぬぞと決めた夜は」になったそうですが、これは詩としては、
改悪というべきです。
 ところで、余談ですが、「恩賜の煙草」というのがついこの間
まであったのをご存知でしょうか。この煙草は、天皇陛下から頂
戴する煙草で、吸い口の近くに金色で菊のご紋章が入っているの
です。これが勲章などと一緒に下賜されていたというのです。美
智子皇后は、たばこは身体によくないとして、長い間かけて恩賜
の煙草をやっと廃止して、お菓子を今までの1個から2個に増や
したということが新聞に出ていました。
 さて、「空の勇士」の2番はこうなります。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   すわこそ征けとの命一下 さっと羽ばたく荒鷲に
   何をこしゃくな群雀(むらすずめ)、腕前見よと体当たり
   敵が火を噴く堕ちてゆく
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 林氏は「一下」という文字がワープロで変換できず、すでに日
本語として死語になっていると嘆いています。林氏はさらに「悲
壮」(これは変換できる)という言葉も死語になっていると指摘し
ています。
 「悲壮」を『広辞苑』で引くと「悲しい結果が予想されるにも
かかわらず、雄々しい意気込みのあること」と出ていますが、林
氏はもはや日本人はそんな意気込みを二度と持つことはあるまい
といっています。これは私も同感です。
 3番をご紹介しましょう。まるで、そういう光景が目に浮かん
でくるようです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   機首を回(かえ)した雲の上 いまの獲物を見てくれと
   地上部隊に手を振れば どっと揚がった勝どきの
   なかの担架が目に痛い
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 紙面の関係上4番を省略して5番をご紹介します。これは定番
のしめくくりです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
   世界戦史に燦然と 輝く陸の荒鷲へ
   今日も打ち振る日章旗 無敵の翼 とこしえに
   守る亜細亜に栄えあれ
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 われわれは何かおぞましいものを見るように当時の歌を見ては
いけないと思います。若い人も軍歌に何かを感じていただければ
幸いです。           −− [軍歌と日本人/09]
posted by ここから at 04:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本人と軍歌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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